経済産業大臣認定 経営革新等支援機関

機会損失と実損失そして機会費用

機会損失とは、「儲け損ない」のことで、実際の取引によって発生した損失(実損失)ではなく、最善の意思決定をしないことによって、より多くの利益を得る機会を逃すことで生じる損失のことをいいます。例えば「買い需要」があって、売る側に売る意志があるにも関わらず、売る側の原因により、本来もっと売れたはずのものが売れない場合などがあります。この場合の具体的要因としては、仕入数量や生産数量の不足による在庫切れなどが挙げられます。セブンイレブンで非常に重視されている言葉ですね。



機会損失は「得られたはずの利益を、自分の都合で失ってしまった」というネガティブな意味を含む概念ですので、少なければ少ないほど望ましいということになります。



一方で、トヨタ式生産方式の生みの親である大野耐一氏は、機会損失ではなく実損失を戒めていました。「作り過ぎはいかん、会社をつぶす元だ」「算術経営はいかん、身を滅ぼす元だ」「こんなに売れるから、作っておかないと機会損失になる。もっと作れ、なんてやっておるが、売り損ねたからといって実際に損失が出るのかというと、なんか儲け損なった気がするだけで実際には損をしておらん。ところが、今度は売れると思って作りすぎて在庫になったら、機会損失どころか実損だ。」と言っておられたようです。



実際の事業の局面で、実損失は出るかもしれないけれども、機会損失は避けたい(利益を上げたい)ということがある場合、どちらに重点を置いた判断をするかというのは非常に大事なところです。経済学的には、実損失も機会損失も、同じ金額であれば、同様のインパクトを損益計算書に与えるわけですが、実損失の金額によっては経営が傾く可能性の高い中小企業では、どちらかと言いますと多額の実損失の発生は避ける判断をしていくのが妥当ということになるでしょう。つまり、機会損失はある程度許容するということになります。例えば、作り過ぎないようにする、仕入れ過ぎないようにする、売り切れは甘受する、ということです。



同じ中小の規模でも、ベンチャーキャピタルの投資を受けたりして、成長することが強制されている(倒産するのは構わないが成長しないのは最悪とされる)ベンチャーは別です。ともかく実損失の発生するリスクにはある程度目をつぶって機会損失の排除に邁進してもらわないと投資家が許してくれないわけですから。

これに対して企業を存続させることが最重点課題である多くの中小企業では、倒産に直結するかもしれないリスクはとらない方がよいということになります(もちろん機会損失は小さい方がよいので、小さくする努力はするのですが)。



問題は、中小企業では在庫評価が適正でないこと等により、実損失が会計上表面化しない場合があることです。多くの中小アパレル企業では売れ残り商品の評価損を出さず、次のシーズンで売れたときにはじめて損失を発生させるという会計のやり方(税務会計とは適合しています)をとっていますが、これでは損失の認識が遅れます。評価損はまだ実現していない損ですが、実損失と同様に考えるべきです。実損失が表面化しにくいと、知らず知らずに機会損失の排除の方に大きく行動が傾いていき、気が付いたら実損失が大きく出ていたということになりかねません。



税務に適合的な(利益が上がっているように見える)会計だけでは、経営判断を間違えることがあるということですね。



さて、機会損失に対して、機会費用という概念もあります。機会費用とは「ある行動を選択したために、結果として諦めることになった別の行動から得られたはずの利益のうち、最大のもの」です。理論的には、最大の利益が実現しているときは機会損失ゼロとなりますが、この概念を理解しておくことは、とても重要なことだと思います。



MBAのコアクラスでは、この場合の機会費用を計算しろとかいう問題をやらされた記憶がありますね。ビジネスクールに行く場合の機会費用は、ビジネスクールに行かず2年間働いた場合のサラリーや将来受け取る退職金の差額とかはたまた婚期が遅れることとか、いろいろとありました。



機会費用は「どのような判断・選択をするとしても、必ず発生する費用」なので、そもそも少なければ少ないほど良いということはありません。何かを得るというポジティブな意思決定を下すために、別の何かをあきらめることで発生する費用のことですから。



いずれにしても意思決定の結果として得られる収益と費用(機会費用を含む)を比較してみることが大切です。



自前の不動産でお店をやっている場合は、家賃は発生していません(実際の費用は発生していません)が、機会費用(ほかの人に貸したら稼げるであろう家賃)は発生しています。損益計算書で儲かっているように見えても、家賃を払ったら赤字になるようなお店をやっている場合は機会損失が相当に発生していることになりますので注意が必要です。



今回はややこしく、かつ長い話となってしまいました。最後まで読んでくださってありがとうございました。